迫る危機、移住・移転で備え
異常気象が人類を脅かす
「プラス2度」の世界が近づく
2024/11/18 2:00朝刊[会員限定記事] by 日経新聞
海面上昇を避けて高台に村全体が移転したフィジーの「ケナニ」
異常気象が人類を脅かす「プラス2度」の世界が近づく。地球の平均気温は観測記録を更新し続けている。11日に国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)が始まったものの、国際社会の足並みはそろわない。米国では脱炭素に後ろ向きなトランプ氏が再び大統領に就く。
東京スカイツリー眼下に水面が広がっていた。2050年7月、巨大台風の影響で荒川の堤防が決壊した。海抜ゼロメートル地帯が多い東京の墨田区など江東5区で多くの家屋が水没し、数十万人が避難した。1週間たっても水は引かない。「ここに住み続けることはできない」。住民は移住を決意した――。
温暖化が進んだ未来の日本は巨大台風の襲来や極端な豪雨が増えると科学者は予測する。24年は観測史上、最も暑い年になる。10月までの地球の平均気温は産業革命以前より1.6度高い。国際社会が目指す1.5度以内という目標は遠のく。異常気象がさらに深刻になる2度上昇も現実味を帯びる。
洪水リスク2倍
日本の洪水リスクは2度上昇で2倍に増す。海面上昇は沿岸部の住民を不安に陥れ、移住も選択肢になる。
世界はもっと深刻だ。宅地の水没、水害の多発、干ばつといった気候変動の災禍で住めなくなる場所は増える。移住を迫られる人は世界6地域で50年に2億1600万人に膨れ上がると世界銀行は予測する。
安息の地への移住は一筋縄にはいかない。太平洋のフィジーにある村「ケナニ」の名は現地語で神が与えた約束の地を意味する。14年に約150人が海岸沿いから移転してきた。海面上昇で旧村を襲う高潮は年々、深刻さを増していた。
慣れた土地を離れるのは怖い。移転に反対する声もあった。村長のサイロシ・アマツ氏は「未来を考えて決断した」と語る。漁業で生計を立てていた村民は農業を始めた。収穫できる作物はごくわずか。結局、起伏のある2キロの道を毎日往復して、漁業を続けている。
先進国でも移住は始まっている。米ワシントン州の太平洋沿岸に位置するクイノールトでは数百人が高台移転を計画する。海面上昇で海岸線が浸食され、水害を経験した。5年以内の移転を目指すが遅れている。金銭負担を理由に移転を望まない人も多い。
移動重ねて繁栄
国境をまたぐと移住の困難さは増す。先進国には気候変動の影響がより深刻な低緯度の国から難民や移民が押し寄せる。米欧では難民や移民の扱いを巡る政治的な対立が深刻だ。雇用を奪い、治安悪化を引き起こすと思われている。かつての米欧は移民を積極的に受け入れて発展した。移民は貴重な労働力だった。
南太平洋大学のエバーハルト・ウェーバー准教授は「問題解決には先進国による学校教育、職業訓練などへの投資が必要だ」とみる。移住先で路頭に迷わないような環境整備が必要になる。
400万年前にアフリカで誕生した人類は移動を重ねて、繁栄した。国家の誕生で国境ができ、自由な移動はできなくなった。気候移住は一国だけで対応できる問題ではない。
気候変動の責任の所在を巡る先進国と途上国の対立が、国際交渉の障壁となっている。住む場所を追われる人々をどう救うのか。世界全体で向き合う時期にきている。